小僧寿しは2022年11月17日付で、ペット共生型障害者グループホームを運営する福祉事業子会社「アニスピホールディングス(AHD、東京都千代田区)」の全保有株式95%を、AHD社長で同社創業者である藤田英明氏に譲渡いたしました。小僧寿しがAHDを子会社化してからわずか1年足らずでの譲渡となった背景には、藤田氏がもともと独立資本のもとで経営を行いたいとの意向を示したことが大きく影響したとされています。譲渡価額は2億3000万円であり、今回の株式譲渡によって小僧寿しとAHDの間の資本関係は解消されます。しかし、小僧寿しは引き続きビジネスパートナーとしてAHDと協業関係を続ける方針を表明しており、今後も「食」と「福祉」を融合させた事業戦略を模索・展開していく見込みです。

本稿では、本件の経緯や背景、そして小僧寿しが目指してきた「食と福祉の融合」がどのような意味合いを持ち、今後どのような可能性を示唆しているのかについて、より深く掘り下げてご紹介いたします。

■小僧寿しとAHDの歩み
小僧寿しは持ち帰り寿司チェーンとして長い歴史を持つ企業です。かつては全国に広範な店舗網を築き、知名度の高さで成長を遂げてきました。しかし、消費者嗜好の変化や競合他社との激しい競争など、外食産業を取り巻く環境は大きく変わり続けています。そのような状況下で小僧寿しは、従来の持ち帰り寿司ビジネスに加え、新たな収益源の発掘や社会貢献を見据えた事業モデルの再構築を迫られておりました。

一方、AHDは2016年に藤田英明氏によって起業され、ペットと暮らしながら障害者が安心して生活できるグループホームを全国規模で展開してきた企業です。具体的には、精神障害や知的障害を抱える方々に向けて、「わおん」「にゃおん」というペット共生型のグループホームを提供することで、犬や猫などの動物と触れ合いながら生活ができるサポート体制を整えています。利用者の生活を豊かにするだけでなく、動物との関わりから生まれる精神的なケア効果に注目している点が特徴的です。2022年時点でおよそ1100もの施設を運営し、福祉業界においても独自かつ先進的なビジネスモデルとして注目されてきました。

小僧寿しにとっては、新たな成長機会を求めるなかで、AHDが手がけるペット共生型の障害者グループホームのビジネスが魅力的に映ったと考えられます。高齢化など社会構造の変化とともに、障害者や高齢者への福祉ニーズは年々高まっており、そこに寄り添う事業展開には将来性が見込まれるからです。また単なる投資という観点だけではなく、小僧寿しが培ってきた「食」に関するノウハウを福祉分野にも生かすことで、食品提供や介護食・療養食の開発など、新たな事業シナジーを期待したとみることができます。

■実施されてきた取り組み
AHDを子会社化して以降、小僧寿しは食と福祉の融合を具体的に進めるための取り組みを展開してきました。たとえば、小僧寿しグループの各店舗と協力し、就労支援につなげる試みです。障害のある方々が社会参加を目指すうえで、働く場所の確保や職場でのサポート体制は極めて重要な要素となります。小僧寿しの店舗は比較的コンパクトな業態であり、調理や販売に関するマニュアル化が進んでいることなどから、障害を持つ方にも比較的取り組みやすい仕事環境となる可能性があります。また、店舗側としても働き手を確保できるというメリットがあるため、相互で利点を活かした形ですすめられていました。

あわせて、小僧寿しの各種食品や弁当をAHDが運営するグループホームや、その周辺地域に向けて提供する動きも試みられていたようです。障害者グループホームでは利用者の食生活を支援するうえで、毎日の食事をどう工夫し、栄養バランスを確保していくかが大切になります。そこに小僧寿しが長年蓄積してきた食材調達や調理ノウハウ、メニュー開発力などを組み合わせることは、利用者への安定供給や新たなバリエーションの提供につながる可能性があります。さらに、小僧寿しの知名度や店舗網を活用することによる集客効果も期待できるため、福祉事業との相乗効果が見込まれていました。

■譲渡の背景
しかしながら、今回の株式譲渡が行われた要因としては、一見すると短期間での方針転換に見えますが、藤田氏が元々望んでいた「独立資本による経営」を改めて実現させたい意向が大きいとされています。AHDの事業は拡大傾向にあり、1100を超える施設展開をさらに広げ、障害者支援を全国規模で加速していくうえで、より柔軟かつ独立した意思決定が重要になるという判断があったと推測されます。投資家や関連企業の意向に影響されやすい子会社という立場を離れ、自社の経営理念に基づいてダイナミックに舵を切るためには、創業者自身が株式を買い戻し、経営権をより直接的に握るほうが適切と考えられたのでしょう。

また、小僧寿し側としても、AHDの株式を譲渡することで得られる2億3000万円という譲渡益は、既存事業の強化や新規投資に振り向けることができます。小僧寿しにとっては、持ち帰り寿司のビジネスを軸としながらも、新たな領域へチャレンジするための資金補強ともいえます。一方で、薄利多売型の飲食業やデリバリー競争が激化するなかで、福祉領域との連携は引き続き重要な選択肢として残るでしょう。資本関係がなくなっても、これまで築いた協業体制を活かしながら、お互いの得意分野で連携を図ることで、従来のシナジーを損なわずに事業を継続していく意向が示されています。

■今後の展望
小僧寿しは近年、デリバリーサービスの需要拡大に合わせた対応やEC事業の強化など、既存の持ち帰り寿司ビジネスの枠を超え、新たなサービス形態を模索してきました。特にコロナ禍以降、外食産業は厳しい局面を迎えている一方、「家で食べる」「みんなでシェアする」という食のスタイルも根付いており、持ち帰り寿司や手軽な弁当販売の需要は一定の底堅さがあります。そのなかで差別化を図るには、単なる“寿司を売る会社”から、“生活の一部を支える食の総合企業”へと進化を目指すことが重要となるでしょう。福祉事業と食事提供を組み合わせるという視点は、小僧寿しがこのような進化を遂げるうえで大きなヒントを与えるものであり、今後も引き続きビジネスパートナーとしてAHDとの協力関係を保つ方針は必然といえます。

一方、AHDは独立資本に戻ることで、創業者の想いをダイレクトに反映した事業運営をさらに推進していくと考えられます。ペット共生型グループホームという数少ない独自領域でリードをとる企業として、さらなる施設の拡張や利用者のニーズに合わせた多様なサービス展開が期待されます。たとえば、ホーム内での食事サポートや、利用者の健康維持・医療との連携など、福祉ビジネスの幅を広げる可能性もあります。また、ペットと暮らす心理的メリットや動物介在療法への関心も高まっており、多種多様なコラボレーションも見込まれるでしょう。

■食と福祉の融合がもたらす意義
障害者や高齢者への福祉サービスは、今後ますます社会的役割を拡充していく分野です。超高齢社会の日本では、福祉サービスのニーズは今後も拡大すると見られています。しかし福祉分野は、人材不足や費用負担などの課題を抱え、持続可能なビジネスモデルを確立するのが難しいといわれています。そこに食品企業が関わることは、単に新たな市場を開拓するだけでなく、社会全体が抱える問題解決への一助となり得る取り組みだと考えられます。

ペット共生型のグループホームでは、動物と暮らすことによる情緒面での安定が期待できる一方、動物の世話や衛生管理など、利用者とスタッフ双方の運営負担が大きくなることも予想されます。こうした課題を乗り越えるためにも、「食事の提供」という日常の基盤をしっかり整えることは欠かせません。栄養バランスの取れた食事を届けるだけでなく、利用者一人ひとりの状態や嗜好に合わせたメニュー作り、食事介助のノウハウを蓄えることが、現場の満足度や健康維持につながります。小僧寿しは長年の飲食チェーン運営を通じて培った「量産と品質管理の両立」を可能にする技術を持っており、福祉現場への応用余地が十分にあるといえるでしょう。

■まとめ
今回のAHD株式譲渡によって、小僧寿しとAHDの資本関係は解消されました。しかし、今後も両社がビジネスパートナーとして連携し続けることが公表されているように、一度築き上げた「食と福祉の融合」の取り組みは持続可能なビジネスモデルとして新たな展開を見せる可能性を秘めています。小僧寿しにとっては、獲得した譲渡益をもとに事業戦略を再構築し、既存の寿司・弁当事業へ新しい付加価値を加えるチャンスとなるでしょう。またAHDは独立色を強めることで、よりスピード感をもってペット共生型グループホームを全国規模に展開し、障害者福祉や関連サービスを一層拡充していくことが期待されます。

持ち帰り寿司チェーンの領域から社会課題の解決へと一歩踏み出した小僧寿しの姿勢は、昨今注目を集めるSDGsやESG投資の観点からも評価されるポイントです。拡大と効率のみを追求するのではなく、持続可能で人々の暮らしに寄り添うビジネスモデルを構築していく姿勢は、企業価値を高めるうえで今後ますます重要視されていくでしょう。福祉分野への参入や連携を一時的な流行やCSRの一環に留めるのではなく、自社の成長戦略としっかり結びつけながら展開していけるかが、今後の焦点となります。

資本関係の解消だけを見れば短期間での決断に驚く向きもありますが、両社のビジネスモデルを俯瞰してみれば、これはあくまでも状態の変化であり、本質的な協業は続くものと思われます。小僧寿しとAHDがそれぞれの企業理念に立ち返りつつ、社会的意義を見据えながら「食」と「福祉」の融合をさらに深化させることを期待したいです。今後の動向は、外食産業のみならず福祉事業に関心を持つ人々にとっても大変興味深いものとなるでしょう。今後も両社の連携や事業展開を注視し、「わおん」「にゃおん」といったペット共生型のグループホームを活用した新しい福祉のかたちが、さらなる発展を遂げることを願っています。