スリープログループは、ベネッセホールディングスからパソコン教室運営のアビバ(名古屋市。売上高81億6000万円、営業利益2億4700万円)の全株式を取得し、子会社化することで合意したと発表しました。アビバはパソコン教室大手として、これまで数多くの受講生のパソコンスキル向上に寄与してきたほか、就職やキャリアアップを希望する人々に向けた支援を行っている企業です。スリープログループは、2006年から人材育成を目的とした教育産業との連携を進めてきましたが、今回のアビバの子会社化によって教育分野の事業をさらに強化し、幅広い世代を対象とした生涯学習サービスの充実を図る方針です。
今回の発表では、取得価額と取得予定日が当初は未定とされていましたが、その後の追記事項として、2010年3月30日付で「取得価額は1万円、取得予定日は2010年3月31日」と確定したことが報告されました。取得価額が1万円という点は、一般的なM&Aのイメージからすると極めて低いように感じられるかもしれません。しかし、これは必ずしもアビバの受け継ぐ資産価値がきわめて小さいというわけではなく、株式譲渡における特別な調整や、今後の事業継続に向けた負債や経営負担などを考慮した結果である可能性があります。M&Aにおいては、譲渡額が単純に企業の時価総額と一致するわけではなく、さまざまな契約条件や企業間の戦略的意図、そして事業再編の観点などによって譲渡価格が設定されることが多くあります。
アビバは長年にわたり、パソコンスキル習得を中心とするIT教育サービスを提供してきました。個人向けには、初心者からビジネスパーソンまで幅広い層をカバーしており、ワープロソフトや表計算ソフト、プレゼンテーションソフトなど実務に直結する科目のほか、初歩的なコンピュータリテラシーの習得を支援してきた実績があります。また、企業向けにも研修プログラムを提供し、社員教育やスキルアップのサポートを行うなど、多方面での教育ニーズに応えてきたことが特徴です。こうした下地があったことで、“パソコン教室”という枠組みを超え、IT教育の総合支援企業としての立位置を確立してきたといえます。
ベネッセホールディングスは、自社の教育サービス全体のポートフォリオを見直す過程でアビバの譲渡を決定したとみられています。ベネッセは、通信教育や学校向けサービス、高齢者福祉事業など多岐にわたる事業を展開していますが、市場環境は年々変化しており、デジタル化やオンライン教育といった新たな領域での競争が激化しています。そうした中で、アビバのようなパソコン教室形態の事業をどのように成長させるかについては、十分に大きな投資とリソースを要する可能性があるため、自社保有を続けるのではなく、その領域での拡大を目指す別企業に譲渡し、事業全体の整理と再編を図るという判断が下されたものと考えられます。
一方、スリープログループは“人材の高付加価値化”の実現を掲げ、技術力や専門スキルを持つ人材の育成を強化してきた企業です。企業や個人に向けてITプロジェクト支援サービスなどを展開し、様々な業界・業種で必要とされる専門人材のマッチングを行ってきました。しかし、時代とともにIT人材に必要とされるスキルセットは高度化・多様化しており、人材派遣や受託開発だけでは追いつかない局面が増えています。そこで、教育サービスとのより緊密な連携が求められるようになってきました。今回のアビバ取得によって、スリープログループは教育分野で蓄積されたノウハウと豊富なカリキュラムを最大限に活用し、即戦力となるIT人材の育成をさらに進めることが期待されます。
加えて、アビバのブランドイメージは全国区で認知されています。特にパソコン教室の老舗として、初心者からビジネスパーソン、さらにはキャリアチェンジを目指す社会人まで、幅広い層が「アビバで学べば安心」という感覚を持つほどに定着してきました。こうした知名度は、スリープログループが展開する“教育支援事業”を拡販していく上で、大きな後押しになると考えられます。既存のアビバの教室ネットワークを活かしながら、資格取得など特定分野における専門スキルの教育サービスを拡充することで、さらなる認知度アップと受講者増が見込めるでしょう。
また、今回の合意では、アビバの既存のサービス体制を維持するだけでなく、スリープログループが独自に進めてきた教育ソリューションを融合させることも視野に入れています。たとえば、プログラミング学習のニーズは近年急激に拡大しており、小学校でのプログラミング教育必修化や、社会人のリスキリングを後押しする企業の増加などが背景として挙げられます。こうした市場の成長を受けて、アビバの教室やオンライン講座にプログラミング学習のコースをより充実させたり、企業向け研修と連携して新たな教育プログラムを開発したりすることによって、より多様化・専門化したシナジーが生まれることが期待されます。
スリープログループにとって、2010年3月31日という買収時期は、年度替わりとほぼ同時期にあたります。日本の企業では、この時期に合わせて新年度の事業戦略を策定し、組織再編や新規事業をスタートすることが多いです。アビバを子会社化することにより、スリープログループの教育支援事業は新年度から早速本格始動できる体制を整えられるでしょう。新年度の予算説明会や事業計画の発表などを通じて、株主や取引先、そして利用者に向けた新しい価値を提示する機会となることは間違いありません。
さらに、今回の譲渡によってベネッセホールディングスは経営資源を他の重点領域に振り向けることが可能となり、スリープログループは自社戦略に欠かせない教育サービスの領域を一気に拡充できるという、双方向のメリットが見込まれます。近年では、IT関連スキルの需要が飛躍的に伸びており、コロナ禍以降はオンライン学習やリモートワークが定着しつつある状況です。こうした社会的背景を見据えると、パソコンやITに関する教室型学習へのニーズは今後さらに進化すると考えられます。教室へ通うだけでなく、オンラインレッスンからeラーニング、ハイブリッド型の教育モデルに至るまで、アビバならではの信頼感を起点に多角的なサービス展開が期待されるでしょう。
今後、スリープログループはアビバを中心とする教育支援事業を展開し、資格学習コンテンツや専門技術者の育成など、多様なニーズに応えるサービスを志向していくと見られています。とりわけ、IT系の国家資格やプログラミング言語のスキル習得は、企業が求める人材像としてもますます重視されており、業界を超えた幅広い企業のサポートが求められています。アビバのノウハウはこれらの領域で強みを発揮する可能性が高く、社会人だけでなく学生や主婦層、高齢者など、世代を超えて学習機会を提供できるプラットフォームとしてますます存在感を高めることが考えられます。
一方、今回のM&Aが順調に進んだとしても、実際の事業運営では多くの課題が残るかもしれません。パソコン教室は全国規模で展開している一方、運営コストや講師の質の確保、カリキュラムの迅速なアップデートなどが必要になります。ITの進化が速い分、学習環境や教材をどのように維持・刷新していくかは高い優先度を要するでしょう。スリープログループは自社がこれまで培ってきた人材マッチングやプロジェクト管理のノウハウをアビバの事業運営に活かし、教育サービスの質を維持しながら経営の効率化を同時に進めることが求められます。
総じて、スリープログループによるアビバの子会社化は、IT教育サービスという将来性の高い市場で両社がビジネスチャンスを拡大するための戦略的な一手であるといえます。取得価額が1万円という点が注目を集めていますが、それに至るまでには各種条件や企業間の思惑、経営戦略が複雑に絡んでいたことは想像に難くありません。今後は、新体制のもとでアビバの運営方針や提供サービスがどのように進化していくのか、一連の教育サービス強化が日本の人材市場にどれほどのインパクトを及ぼすのかが注目されます。スリープログループにとっては既存の事業領域を超えた総合的な教育ソリューション提供企業としての地位確立が、アビバにとっては長年培ってきたブランドとノウハウをさらに拡大する好機が訪れたといえるでしょう。今後の両社の取り組みに、大きな期待が寄せられています。